※この記事はWhat Are Carbon Offsets? A Distraction From Fashion’s Runaway Emissionsを一部抜粋し、日本語訳にしたものです。
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カーボンオフセットが環境に役立つどころか、悪影響を及ぼしているという危険性
2019年、グッチは「完全にカーボンニュートラル(CO2の排出量を相殺し、実質ゼロにすること)」になったと発表し、高級ブランドとして大きな注目を集めた。しかし、2023年にはこの主張を撤回した。その理由は、サステナビリティへの取り組みを放棄したということではなく、「カーボンニュートラル」を構成する要素が議論の対象となったためだ。
グッチだけでなく、サンローランやバレンシアガ、リフォーメーション、オールバーズなどもカーボンオフセットを利用し、温室効果ガスの排出量の相殺を意味する「ネットゼロ」を主張している。実際、世界の上場企業の約半数がネットゼロ達成の手段としてオフセットを活用する計画を持っている。しかし近年、マーケティングにおけるサステナビリティに対して監視の目が強まったことで企業はより正確で裏付けのある情報提供を求められるようになった。
さらに、過去2年間の調査からカーボンオフセットの信頼性や効果が疑問視されている。オフセットが環境保護に役立たないどころか、悪影響を及ぼしている可能性も指摘されている。英国では、カーボンオフセットの効果を証明できない限り、広告基準局が「カーボンニュートラル」という主張を禁止する方針だ。オフセットに効果があると証明すること自体がそもそも困難であるという見方が広がっている。
専門家たちは、オフセットの欠陥に加え、これが企業の脱炭素化への本格的な取り組みを妨げているのではないかと懸念している。さらに、Shift Cのデータベース元となるGood On Youによる評価では、オフセットを利用するファッションブランドの多くが、実際の排出削減に至っていないという問題も明らかになっている。
カーボンオフセットとは何か?
カーボンオフセットとは、自社が排出する二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出量を、金銭を支払い別の場所で削減・吸収させることで相殺(オフセット)する仕組みだ。世界のどこかで 1 トンの炭素が大気中に排出された場合、1 トンの炭素に対するオフセットを購入すると、同じ量がどこか別の場所で吸収されることになることから、企業が直接削減するのが難しい場合に排出量を相殺できる手段として期待されている。カーボンオフセットに注目が集まっているのは、地球の気温上昇を食い止めることを目的とした2015年のパリ協定で定められた期限が迫っているためだ。法的拘束力のあるこの協定では、2030年までに排出量を45%削減し、2050年までに実質ゼロにしなければならない。言い換えれば、世界は排出するのと同量の温室効果ガス(GHG)を大気から除去し、全体の釣り合いをゼロにする必要がある。
一般的なオフセットの手段は、自然の炭素貯蔵率を高めるプロジェクトへの資金提供である。木、植物、土壌、さらには海でさえ、大気から自然に炭素を吸収する。具体的には、製品 1 個あたりまたは 1 年あたりに排出する炭素の量を計算し、カーボンクレジットを購入することを選択することができる。これらのクレジットから得られる資金は、植樹、マングローブや塩性湿地などの沿岸生息地の復元、熱帯雨林の保護などの炭素を吸収して貯蔵するプロジェクトに資金として提供される。「製品XXXを購入すると植樹します」といったプログラムなどがファッションブランドによる典型的なオフセットだ。
排出量削減につながらないとの批判
カーボンオフセットの問題は、炭素市場を研究する学者と環境活動家の間で、実際の排出量削減にほとんど効果がないという意見が広がりつつあることだ。「炭素市場のイメージを操作して、信頼できるツールと思わせるための努力が盛んに行われてきた。いかなる種類の炭素オフセットでも排出量を大々的に削減できるという科学的証拠はほとんど、あるいはまったくない。これは集団妄想といえるだろう」と、ミシガン環境正義連合の政策担当者、ロシャン・クリシュナン氏は主張する。
2023年10月には、大手オフセット企業サウスポールは、実際には達成されていない排出削減をもとに、何百万ものオフセットクレジットを販売していたことが明らかになった。この事実は、独立系報道機関の取材や、ザ・ニューヨーカー誌でも指摘されている。こうした事例から、オフセットは金儲けを目的とした「詐欺」であることが多いと結論付けられている。
自然の炭素吸収量を当てにしたオフセット以外にも、再生可能エネルギープロジェクトへの資金提供や、木を燃料とする地域にエネルギー効率の高い調理コンロを配布するなど、さまざまな形で排出削減を目指すものがある。ただし、これらの取り組みも、効果の信頼性や評価にばらつきがあるのが現状だ。
フィナンシャル・タイムズの社説によると、カーボンオフセットは「バブル経済の誇大宣伝市場」における「大規模な詐欺の一つ」となりつつあり、その結果一般の信頼を大きく失っている。
オフセットを購入するブランドは削減に本気なのか?
パリ協定は、排出量削減を世界の第一優先としているが、一部のファッションブランドはサプライチェーンの改善を怠り、オフセットにのみ取り組んでいるように見える。
もしオフセットを購入したブランドが炭素の影響を真剣に考えているのであれば、排出量削減のために行っている活動についてもっと多くの情報を開示するだろう。しかし、Shift Cのデータベース元であるGood On You が新たに公開したデータによると、オフセットを購入している大手ブランドは、他の大手ブランドに比べてあまり進展がないように見えると、Good On You のデータシステムマネージャーのロドリゲス・デ・セスペデス氏はいう。
この仮説を検証するため、まずオフセット購入を明確にデータ開示している30ブランドの炭素削減活動を調査した後に、オフセットを公開していない915ブランドと比較した。
主な結果として、オフセット購入を行う大手ブランドの多くが、各業界や企業が採用すべきとされる最適な方法であるGHG削減イニシアチブを採用していないことが分かった。さらに、オフセット購入ブランドのうち、製造工程からの排出削減に取り組んでいるのはわずか10%、原材料削減に取り組んでいるのはわずか5%であった。
下のグラフからわかるように、ほとんどのブランドの排出量削減への取り組みは十分ではない。残念なことに、オフセットを購入している大手ブランドは、グループとして劇的に優れた取り組みを行っているわけではない。
オフセットを購入した大手ブランドが炭素削減に真剣に取り組んでいるのであれば、科学的根拠に基づいた温室効果ガス削減目標をもっと公に設定し、その進捗状況を開示すべきだ。しかし、評価した大手ブランドのうち、温室効果ガス排出目標の現在の最高基準であるScience Based Target(SBT)に基づいた目標を設定していたのはわずか5%だった。カーボンオフセットを購入したブランドに限定した場合、17%とやや高いものの、十分とはいえない。最新のデータレポートも示す通り、大手ブランドの多くは目標を設定しても進捗を公開していない。
最終的に、セスペデス氏は、「全体的に見て、自社の排出量を削減するための効果的な方法を実践している大手ブランドはほとんどなく、オフセットを購入するブランドは、購入しないブランドよりも努力する可能性がわずかに高いだけだ」と結論付けている。
オフセットの本質にある不確実性
もちろんオフセットは悪いことばかりではない。森林を育て、植物を保護すると、大気から二酸化炭素が除去される。しかし「問題は、生物学には変化があることです」とイースト・アングリア大学環境科学部の名誉准教授であるフィリップ・ウィリアムソン氏はいう。そのようなオフセットは、自然の炭素循環のため一時的なものであり、植物は死んで分解し、貯蔵した炭素が再び放出されるからだ。「問題を少し先送りしているだけです。」自然の炭素循環に加え、炭素市場の制御外の要因もオフセットの効果に影響を与え得る。植えられた木は伐採される可能性があり、復元された生息地は数年または数十年後に農業のために伐採される可能性があり、山火事などの異常気象は「保護された」森林を瞬く間に破壊する可能性がある。たとえば、2023年にカナダで発生した壊滅的な山火事で胚珠された数百万トンの二酸化炭素のうちの一部は、カーボンオフセット用に保護されていた森林から発生していた。さらに、ヨーロッパのNGOであるECOSが指摘しているところでは、「地球上には、気候危機から抜け出すために木を育ててオフセットするのに十分なスペースも時間もありません。」
こうした懸念は森林だけに関係するものではない。他の形のオフセットにも問題が伴う。ウィリアムソン氏が自身の専門であるブルーカーボン、つまり海草などの沿岸および海洋生物によって吸収される炭素において行った研究では、ブルーカーボン生息地に貯蔵できる炭素量の最高推定値と最低推定値は、最大で 600 倍も異なる可能性があることを発見した。これにより、自然ベースのオフセットが実際よりも過大評価される可能性がかなり残っていることが明らかになった。
企業が購入するカーボン クレジットによって特定の量の炭素が除去されるかどうかを正確に宣言することはできない。しかし、2021 年のフレンズオブアースの論文には、「オフセットは、長期的に機能するかどうかに関係なく販売される」と記載されている。そして、そこがまた問題なのだ。
「実体のない」にせものオフセットの増加
2023年1月、ガーディアン、ディ・ツァイト、ソースマテリアルが世界有数の認証機関であるヴェラに対して行った9か月に及ぶ調査では、同社の熱帯雨林オフセット・クレジットの90%以上が「ファントム・クレジット(実体のないクレジット)」であり、「真の炭素削減ではない」ことが明らかになった。独立した分析によると、ヴェラが主張する9,490万トンのカーボンクレジットのうち、実際に削減されたのはわずか550万トンだった。調査の結果、森林消失へのリスクに関するレポートは大幅に誇張されており、保護することに実際にはほとんど効果がないことがわかった。また、調査対象の中で森林破壊が実際に抑制されたケースはごくわずかだった。
ヴェラはこの調査結果に公然と異議を唱えている。しかし、この結果は、炭素市場の根本的な問題について広く高まりつつある科学的コンセンサスと一致しており、他の調査や専門家の意見とも一致している。
そのわずか数カ月後に発表された別の独立調査では、石油大手シェブロンのカーボンオフセットは「ほとんどがでたらめ」であると明らかになり、2022年には業界の内部告発者がオーストラリアのカーボンクレジット制度は「大部分がにせもの」であると暴露した。京都大学のアンドリュー・マッキントッシュ教授は当時、「今起きているのは環境に対する詐欺、納税者に対する詐欺、そして無知な消費者に対する詐欺だ」と述べた。先進的な評価機関であるヴェラでさえ、2023年にシェルが使用していた稲作によるオフセットの再評価を開始し、後に禁止するなど、潜在的に怪しいオフセットを徹底的に調査する必要があった。
オフセットが「見せかけ」あるいは「ジャンク」と見なされる理由はさまざまだが、根本的な問題の1つは、「追加性」の欠如だ。「追加性」とはオフセットの収益によってプロジェクトが成立して、効果が得られるということ。例えば、ある森林が実際には伐採される予定がないにも関わらず、炭素クレジットによって「保全」の資金が提供されたとしたら、実効性はない。ある森林が保護され、その代わりに別の森林が伐採されたとしても同じことだ。
炭素市場に巻き込まれる先住民コミュニティ。求められる気候正義
カーボンオフセットは人権侵害でも非難を浴びている。豊かな自然をもつ先住民コミュニティの叡智と土地の利用法は、気候の未来にとって不可欠である。しかし、その多くが強制立ち退きの対象となり、家を取り壊され、長年の生態系を破壊され、低額の取引でだまし取られている実態がある。
しかし、炭素市場がこれほど拡大し、他の投資がほとんど存在しないため、先住民の多くはオフセットの資金に依存している。
「私がアマゾン・ウォッチで働いていたころは、基本的にアマゾンのすべてのコミュニティが、何らかの形で炭素市場プログラムに参加していました」とクリシュナン氏は言う。「しかし、ほぼ顧みられず、オフセットプログラムはとても政治的なものなのです」。
先住民環境ネットワークは、カーボンオフセットなどの「環境に良い」とされるビジネスが、実際には植民地主義的な性質を持つことを批判するため、「CO2lonialism(二酸化炭素植民地主義)」と表現した。先住民団体は長年、こうしたオフセットが「誤った解決策」であり「死刑宣告」に等しいと反対してきた。また、先住民活動が資金支援を受ける重要性は認識しつつも、それが西側諸国の指示によるものや、汚染の免罪符として利用されるべきではないと訴えている。クリシュナン氏は、シャンディア基金とカウサック・サチャなど、公正で直接的な支援の例を挙げている。
ブランドが取り組むべき真の削減活動とは?
では、ファッションブランドが取り組むべき、意味のある排出削減活動とは何なのか?サプライチェーンの規模と管理状況に応じて、次のようなものがある。
・本社だけでなく生産施設でも再生可能エネルギーを使用する。
・輸送量を削減するために主要消費市場の近くで生産を行う。
・環境への影響が少ない材料を使用する。
・よりエネルギー効率の高い機械を使用する。
・環境への影響が少ない衣類の手入れについて消費者に広める。
・より循環的で炭素排出量の少ないビジネスモデルへと移行する。
Good On You がファッションブランドを評価する際に注目するのは、ブランドが自社のサプライチェーンで実行できるこうした具体的な行動だ。「私たちの評価は、ブランドが自社の影響を減らすために行っている直接的な行動に注目しています」と、Good On You の評価責任者である クリスチャン・ハーディマン氏は説明する。今までみてきたように現在のオフセットスキームの大半はバリューチェーンにおける真の排出量削減に直接つながらないため、オフセットによってブランドを評価することは「意味がありません」。オフセットのみを選択するブランドが Good On You の評価方法で温室効果ガス削減の点で高いスコアを獲得しないのは、そのためだ。
「もちろん、ある程度の排出は避けられません」と彼は続ける。「しかし、最初の解決策としてまずオフセットを考えることには問題があると思います」。
専門家たちが深刻な問題について議論を続ける一方で、自然由来のオフセットには依然として高い需要がある。多くの小規模ブランドは、オフセットの提案を受けることがある。小規模なブランドは、大手ブランドに比べてサプライチェーンに対する管理が難しいため、オフセットは選択肢の一つとして検討されることがあるかもしれない。その際には、十分に注意して慎重に選択することが重要だ。
一方で、ファッション業界の推定二酸化炭素排出量は依然として増加し続けている。特に、ファストファッションの過剰生産がその悪化を招いている。
オフセットだけでは気候危機から私たちを救うことはできない。当たり前のことかもしれないが、もしファッションブランドが排出量を削減したいのであれば、自分たちの現場での排出量を減らすことが最も重要だ。