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デジタル広告会社がなぜウール製品の生産・販売を行うのか
「PIZZA DAY」を運営するSpicelinkの主な事業はデジタル広告でアパレルは未経験。なぜアパレルブランドを立ち上げたのか。高田基以CEOは「生まれも育ちも名古屋市で35年間住んでいたのに(現在は東京在住)、尾州ウールの存在を知らなかった。愛知県一宮市を中心にした尾州地域は、世界三大毛織物産地にも関わらず、だ。理由を考えると大きく2つあった。1つ目は化学繊維の台頭で、世界の繊維生産に占めるウールの割合は約1%と少ないこと。2つ目は産地が表に出てこないから。尾州ウールは名だたるラグジュアリーブランドが採用しているが、アパレル製品はブランド名は有名になる一方、生産者にスポットライトが当たらない。そして何より、上質なメリノウールは想像を覆す着心地と高い機能性をあわせ持っている。ウールといえばチクチクするイメージがあるが、なめらかでしっとりとした肌触りのものがある。メリノウールのTシャツや肌着など肌に直接触れる製品を尾州で生産して、そのすばらしさを伝えることができれば地元に貢献できるのではないかと考えた。そこでデジタルマーケティングの経験を生かしてDtoCブランドを立ち上げることにした」と振り返る。
アパレル産業=環境問題をどう打破するか
アパレル事業を立ち上げるにあたり調べると「環境問題にぶち当たった。大量生産・大量消費・大量廃棄の課題も非常に深刻だ。ここにアプローチしない理由はなかった。品質の高い製品を大切に着ることを定着させれば環境問題解決の糸口になる。そして、ウールの生分解性を利用したサーキュラーエコノミーを確立できればミッション達成の重要な要素になると考えた」。
生産は毛織物大手の日本毛織(ニッケグループ)と協働し、ニュージーランドの羊毛を原料にRWS(レスポンシブル・ウール・スタンダード:動物福祉と土地の健康、健全なサプライチェーンの構築を目的にトレーサビリティを証明する国際認証)を取得したニッケ岐阜工場で紡績後、編み、染色、仕上げ、提携工場での縫製までをニッケグループが一貫管理して行う。ニッケグループは、繊維産業の課題に向き合い、繊維の再生技術による資源の有効活用や廃棄物の削減など循環型事業に積極的に取り組んできた。その活動の一つとして本来は廃棄される羊毛を回収して肥料を作り土に還す実証実験を行ってきた。両社のビジョンが重なり今回の協働に至った。
使用する原毛はニュージーランド産だ。「ニュージーランドは人口約500万人に対して約2700万頭の羊がいる。環境立国であり、何世代にも渡り牧羊業を行い羊を重要な動物として扱ってきた。羊の健康を最優先に考えた飼育管理でミュールジング(羊の体にウジ虫が寄生しないよう臀部の皮膚の一部を切除する施術のこと)も禁止している。牧場の水質や土壌の環境保全も考えられていている」とニュージーランド産にこだわる。また、今後は全製品でニュージーランド産の中でも高い認証基準を満たしたZQウールの活用を目指すという。「ZQ認証は動物、人、環境について基準を設け、これが第三者によって認証される仕組み。取引もオークションではなく、生産者と最終ユーザーが直接取引することで、どの牧場のどの羊から生産されたかまでが提示可能なほどトレーサブルで透明度が高い。ニッケグループはこのZQによる信頼性の高いサプライチェーンをすでに構築している。今後、ZQ認証を得たウールを活用した製品で、ブロックチェーンを使って牧場や羊群を特定できるサービスの実用化も検討している」。
サーキュラーエコノミー実現に向けての課題
今後、生産工程での端切れや回収した使用済製品を肥料にして神戸市の神戸ワイナリーのブドウ畑に活用していくという。ウールの肥料化は「羊毛を高圧で蒸して有機肥料を作る肥料メーカーと協働する。サーキュラーエコノミーを前提に100%ウール製にこだわり、タグなども極力使用しない製品設計を行う」。
食品の肥料を作るときに、その原料となる製品で用いた染料や加工で用いる化学薬品の影響はないのだろうか。「染料の安全性を担保すべく現在関係各所との調整を進めている」。それと並行して、「現在、ニッケグループと協働で羊を刈るときの出る通常は廃棄される毛を用いて羊毛肥料を作り、ブドウ畑で活用する実証実験を行っている。窒素が豊富で肥料に使うと葉物野菜の成長が色づきがよくなる。またアミノ酸も豊富なため肥料で果物の甘味が変わるかも実験している。もともと畜産業界では毛は燃やして捨てている。こうした毛を集めて再利用することでも循環を生みたい」。
本当の意味でサーキュラーエコノミーを実現するには、製品自体の形をできるだけ変えずに(形を変えれば変えるほどエネルギー量も必要になる)、循環のスピードをなるべく遅くすることが大切である。ウール製品の場合、修繕やリセール、それらが難しくなったものに関しては反毛(はんもう:毛織物や毛糸のくずなどを機械で処理して原毛の状態に戻した繊維)が考えられる。「ゆくゆくは取り組んでいきたいが、まずは象徴的な仕組みを作りたい。ウールがワインになるのは象徴的でしょう?環境省が発表した『サステナブルファッション調査』によると、サステナブルファッションに関心を持っているのは6割だが、行動している人はわずか4%という結果だったという。多くの人に興味を持ってもらい実践してもらわないと何も始まらない。ウールがワインになるという驚きはフックになるのではないか」と意気込む。
事業立ち上げは2023年5月。「5月からオウンドメディアの運営をはじめ、情報発信をして初期のファン作りを目指した」。10月にはTシャツとメンバーシップNFTをセットに1万9800円で自社オンラインでの販売を開始した。NFTを活用した点がユニークだ。「NFTに興味がある人をメインターゲットに絞ってファン作りを行い、NFT領域で認知を広げることができ、発売から3日で100枚が売れた」。Tシャツとしては高額だが、「NFT領域に興味がある人は経済的に豊かで情報感度も高い人が多い。知識欲も高いので、環境問題にも関心を持っていただけた」。反響もあった。「ウールなのにチクチクしない、しかも土に還るという点が好評だった」。その後も少しずつ売れ続けて現在は300人ほどのコミュニティが形成された。「メンバーシップ制度では、限定的な体験に招待されたり、新製品が安く購入できたりする。また、新製品開発の際に色やデザインなどをコミュニティの中で決めることもある」。今年はZQ認証を得たウールを用いたアンダーウエアも限定数販売し、メンバーシップNFT保有者は特別価格で購入できた。メンバーの中には、ブログやポッドキャスト、ツイッターなどで情報を発信する人もいるという。「コミュニティの役割はエヴァンジェリスト(自社の製品やサービスを中立的な立場でわかりやすく消費者に伝える職種)のような人を増やすことで、すでに自律分散的に動いてくれている方もいる。ユーザーは消費者ではなく、パートナーと考えていて、ミッション達成にはそれが必須だ」。