• トップ
  • Learning
  • 世界のファッションシーンを支えるイタリア、プラートのアートレジデンス「ロットゼロ」に迫る!

ファッション|2025.10.07

世界のファッションシーンを支えるイタリア、プラートのアートレジデンス「ロットゼロ」に迫る!

イタリア中部、トスカーナ地方の都市で、イタリア三大繊維産地の一つでもあるプラート。そこにデザイナーと産地のものづくりをつなぐロットゼロ(Lottozero)というクリエイティブハブがある。世界中の小規模デザイナーやアーティストが集まる、その全貌に迫る!

原稿:白石 綾

Share :
  • URLをコピーしました

7,000軒もの工場が軒を連ねる、ヨーロッパ有数のテキスタイル産地プラートとは?

プラートはイタリア中部のトスカーナ地方にある都市だ。同じトスカーナ地方で最も大きな都市フィレンツェの少し北西に位置する、この街には約7,000軒もの工場が存在し、世界のファッション業界を支えるイタリア国内だけでなく、ヨーロッパの中で最も重要とも言われている繊維産地だ。中世から毛織物の生産を得意とし発展してきており、イタリア最大、欧州でも屈指のテキスタイルに関する展示が見られるプラート織物博物館(Museo del Tessuto)などもある、まさにテキスタイルの歴史が息づくファッションに関心のある人なら一度は訪れたい場所だ。

小規模デザイナーやアーティストと産地を繋ぎ、パーソナライズされたサポートを展開する国際的なハブ

ロットゼロは、テキスタイルラボ、シェアスタジオ・コワーキング、展示スペースを備えたクリエイティブハブだ。

デザイン・ファッション・アート分野における研究と実験に必要な機材、ネットワーク、ノウハウが揃った、テキスタイルに携わる人々の国際的な拠点となっている。ヨーロッパ有数のテキスタイル産地プラートにあり、イタリア国内外のデザイナーやアーティスト、ブランドの成長をレジデンシーや協働を通じて支援し、地域企業との交流と革新を促進している。

テキスタイルをテーマにしたアート作品の展示の見学や、ワークショップやコーワーキングスペースの利用、産地見学のアテンドなど、1日単位で利用することも可能だが、特に注目したいのはアートレジデンスだ。英語でのコミュニケーションさえできれば学歴やキャリアは問われず、作品制作に挑戦したい人なら誰でも応募できるため、テキスタイルの可能性を探求しようとする世界中のアーティストやデザイナーを惹きつけている。

なんと、このアートレジデンスでは、居住スペースに滞在しながら、専門スタッフによる工場や技術の紹介、制作手法のメンタリングなどを受けながら、作品制作や素材開発に専念できる。館内のスタジオは24時間利用可能で、常に実験・創作・試作に打ち込める環境が整っているのだ。

設備面も非常に充実しており、大型シルクスクリーンや染色設備、手織り機、ニッティング機材などを完備している。なかでも近年、国内外からの関心を集めているのが、小ロット生産に対応可能な最新型デジタルジャカード織機「TC2 loom」だという。大学などの専門機関を除けば、イタリア国内でこの設備を利用できるのはロットゼロだけだ。さらに、ニードルパンチや紡績機といった小ロットに対応できる小型機材も揃い、アーティストやデザイナーが専門スタッフの指導を受けながら自ら操作することが可能だ。実際に、織りの経験がなかったデザイナーが「TC2 loom」を使いこなし、作品制作にまで至ったケースもあるという。

TC2 loomを使用したテキスタイルの作成風景

さらに、過去のレジデンス参加者の実験サンプルや国内外の企業や団体との連携で蓄積した書籍・アーカイブを保有し、独自のリソースを構築している。開放的な空間の中で、滞在アーティストやスタッフとの交流、食事やヨガを通じた時間の共有、地域イベントへの参加も可能であり、制作にとどまらない体験が得られるのも魅力だ。

フューチャーアーカイブ 「世界最古のサーキュラーエコノミーであるプラートの産業から着想を得た素材開発」

今回は、実際にレジデンスに滞在した2人のデザイナー・アーティストにお話を伺った。1人目は「フューチャー・アーカイブ(Future Archive) 」のメラニー・リードさんだ。フューチャー・アーカイブは、メラニー・リードさんによるオーストラリア発のブランドだ。テキスタイルの再利用、スペキュラティブデザイン、持続可能なシステム思考を軸としたデザイン活動を行っている。このデザイン思考は、彼女がファッションスクール時代に資金不足を通して育んだ視点であり、地域ごとの廃棄物に応じて素材を再解釈し、創造的なデザインの枠組みを探求している。

オーストラリアのブランド 「フューチャー・アーカイブ」 デザイナー メラニー・リードさん

-ロットゼロとプラート滞在は、創作活動にどのような影響を与えましたか

ロットゼロでの1か月は、新しい方向性を探る余白を与えてくれました。世界最古のサーキュラーエコノミーであるプラートのリサイクルウール産業を調査する中で、自らの手法を見直すことになりました。これまで廃棄衣料を収集し、素材として再利用してきましたが、今回の滞在では糸端や布の端材など生産段階の廃棄物を使用しながら、新たな技法を試みました。こうして生まれた成果そのものが「廃棄物のアーカイブ」となっています。

-滞在中の制作活動の様子や今後について教えてください

滞在中は技法を絞り込み、フェルト工場の訪問から着想を得てブランドで使用する生地制作に取り組みました。ロットゼロで使用可能なフェルトルーム(FeltLoom)という機械を使用し、地元の細断工場で出た繊維廃材やロットゼロ内の端材、廃棄衣料の断片を重ね合わせ、フェルト地を制作しました。さらに、ブランドのマニフェストを刺繍で重ねました。こうして生まれたテキスタイルはファッションアーカイブとなり、今後メルボルン・ファッションウィークで発表される予定です。

ジェーン・ヒックス「変化と刺激を必要としていた時期に訪れ、制作の幅を大きく広げた滞在」

2人目は、帽子アーティストのジェーン・ヒックスさんだ。ジェーンさんは、ウールフェルトやリサイクルカシミヤ、ヴィンテージのリボンやシルクといった素材を用いたハンドメイドの帽子を手がけている。核となる理念は、ほとんど何もないところから、何か美しいものを生み出すこと。上質な繊維を手染めし、依頼ごとに一点ものを制作し、身に着ける人を守り、装いを変える喜びを提供している。

帽子アーティストのジェーン・ヒックスさん(写真中央)

-ロットゼロとプラート滞在は、創作活動にどのような影響を与えましたか
ロットゼロでの滞在は、まさに変化と刺激を必要としていた時期に訪れました。深刻な病を経て、回復の途中だった私にとって、ロットゼロは作品に新たな可能性をもたらし、より若い世代のお客様との出会いを与えてくれました。知識豊かなロットゼロのチームの支援を受けながら、新しい素材や技法に挑戦し、帽子制作の幅を大きく広げることができました。

-滞在中の制作活動の様子や今後について教えてください

今回は手編みではなく丸編み機を使用しました。とてもシンプルな機械ですが、ロットゼロで手に入る素晴らしい素材を使い、洗練された作品を生み出すことができました。思い切って遊び、大きな失敗(=学びの機会)も経験し、それがより良い帽子の制作につながったと思います。滞在中に十数点の新作帽子を制作しました。それぞれの作品が学びの記録です。これからシアトルに戻り、新たに購入した自分の編み機で、新しいコレクションを制作する予定です。

産地とデザイナーのコラボレーションによる相乗効果

世界中の繊維産地と比較しても、イタリアと日本の繊維産業構造は非常に似ていると言われる。ひとつの生地を完成させるために、家族経営などの小規模ながら高い技術を持つ工場が各工程を担っているためだ。日本のサステナブルファッションにとっても、このハブは産地やアーティストと社会をつなぐヒントに満ちた貴重なモデルケースだ。

2人の滞在者インタビューから明らかになったのは、デザイナーやアーティストの制作を支えているのは、ロットゼロが築いた工場とのネットワークと、そこで培われた卓越した技術力だ。では、工場にとって彼女たちとの協働はどのような意味を持つのだろうか。

ロットゼロでは、EUやトスカーナ地方の助成プログラムを活用し、オープンコールで世界中からデザイナーやアーティストを招き、地元のテキスタイルブランドとのコラボレーションを実現している。過去には、地域トップレベルのメーカーと組み、ブランドのアーカイブをひも解きながらアイデンティティを引き継ぎつつ、新たなコレクションを発表した事例もある。外部のクリエイターがもたらす新鮮な視点は、工場にとっても大きな刺激となり、互いの成長につながる相乗効果を生んでいるという。

Marini Industrieとテキスタイルデザイナーとの協業により実現したコレクションの一部

広がるネットワークとスローファッションの実践

またロットゼロは定期的にスローファッションをテーマとしたアート展示やプロジェクトを開催している。直近の事例としては、イギリス・テキスタイル・ビエンナーレ(British Textile Biennial、以下BTB)とのコラボレーションがある。BTBは、テキスタイル産業の歴史や世界的な影響をテーマに、世界中のアーティストやデザイナーが作品を制作する無料の現代アートフェスティバルだ。ロットゼロがオランダや香港の団体と共同設立したテキスタイル・カルチャー・ネット(Textile Culture Net)との共同で、期間限定のInstagram上のオンライン展示も行われた。

Marie Ilse Bourlanges and Liza Prins, “Flax, baby! Flax!”, opera performance, 40’, 2024.
Musical compositions by Bergur Anderson and Liza Prins. Performers: Bergur Anderson, Joana Guiné, Logan Hon Mua, Robin Becker, Romy Day Winkel, Giulia Damiani, Bitna Youn, Miriam van Rijsingen, Pilar Mata Dupont, Berenike Melchior, Liza Prins, and Marie Ilse Bourlanges. Scenography and choreography by Marie Ilse Bourlanges and Liza Prins. Clog dance co-developed with Berenike Melchior.
Photos by Kyle Tryhorn

地域とデザイナー、ファッションとアートをつなぐロットゼロ。消費者である私たちも、ワークショップや展示イベントを通じて“つくる現場”に触れることができる。ここは、ただ楽しむだけでなく、ファッションが抱える課題や可能性を身近に感じ、自分の暮らしとつながるサステナブルな視点に気づかせてくれるだろう。前半で紹介したプラート織物博物館と合わせて、イタリア・トスカーナ地方を訪れる際にはぜひ立ち寄ってみてほしい。

Lottozero(ロットゼロ)
Website:https://www.lottozero.org
Instagram:https://www.instagram.com/lottozero/

Share :
  • URLをコピーしました
Stories behind 代表/鎌倉サステナビリティ研究所 スタッフ
白石 綾
アパレルブランドで販売や商品企画に携わる中で業界の課題を実感。イタリア在住をきっかけに、特に環境問題との関係に強い関心を抱く。2020年にMilano Fashion Instituteでサステナブルファッションを学んで以来、強い当事者意識を持ち、業界の問題解決に向けた活動を続けている。

Ranking ウィークリーランキング (2025.09.30〜10.07)

Instagram Follow us
【動画公開中】ロンハーマンディレクターが教えるサステナビリティの進め方。楽しく刺激的に、責任あるビジネスを実現するには?

【動画公開中】ロンハーマンディレクターが教えるサステナビリティの進め方。楽しく刺激的に、責任あるビジネスを実現するには?