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黄金色の田園が広がる、自然と人が共生する里山へ

郡山駅から車を走らせること25分。中心地に広がっていたコンクリートの景色が次第に遠ざかり、いつの間にか窓の外は黄金色に染まった田園風景へと変わっていく。なだらかな丘陵地に生い茂る森を抜けていくと「仁井田本家ハコチラ」という文字が現れた。
「日本の田んぼを守る酒蔵になる」というモットーを掲げる仁井田本家は、315年の歴史がある酒蔵だ。1967年には農薬・化学肥料不使用で育てた米を原料にした“自然酒”造りをいち早く始め、創業300年を迎えた2011年には、100%農薬・化学肥料不使用米の全量純米酒造りへと転換した。自社山の木を活用した木桶仕込みや、蔵に棲みつく酵母と乳酸菌の力を活かした伝統的な生酛造りで、米の旨みをひとしお強く感じる“自然酒”を醸している。

2025年、仁井田本家は自然酒の新しい形として、日本初のリジェネラティブ・オーガニック(RO)認証を取得した「やまもり」をパタゴニアと共に発表した。「300年続いてきた自分たちの酒造りを、次の300年にもつなげていきたい」と語る18代目蔵元の仁井田穏彦さん(以下、仁井田さん)にとって、RO認証取得はこれまで自分たちが取り組んできた酒造りの延長線であり、新しい未来への一歩となった。
RO認証では、仁井田本家の酒造りを取り巻く、環境や営み一つひとつが評価につながっている。土壌を健全に育む米の栽培はもちろん、森を通じて水と大地が循環する環境づくり、多種多様な生物がのびのびと暮らす田んぼ、そして安全で公正な環境で働く蔵人たち――ここからは「やまもり」をはじめ仁井田本家の酒が育まれている田んぼ、ため池、森を仁井田さんの案内のもと、自然との共生に高い関心を抱き、パタゴニアの取り組みに共感し注目をしているスタイリスト二村毅さん、木村舞子さんと共に訪ねていく。

二村毅(写真右) 愛知県出身。90年代にメンズ雑誌でスタイリストとしてのキャリアをスタート。豊富な知識と経験に裏付けされたそのセンスに対する各業界からの信頼は厚く、アンダーカバーなどのコレクションのスタイリングや、広告・カタログなど活躍のジャンルは幅広い。
木村舞子(写真左 北海道出身。バンタンデザイン研究所を卒業後、スタイリスト百々千晴氏に師事。ファッションモード誌、カタログ等で活躍中。Shift Cにて「スタイリスト・木村舞子が、ジャパンブランドとサステナブルアクションを考える」を連載中。
生き物と共に育む、命が循環する田んぼ
二村さんと木村さんは、「やまもり」の原料米「雄町」を育てている田んぼへと足を運んだ。「ここら辺は、小さな田んぼから大きな田んぼまで、色んな大きさの田んぼがまだ残っているんですね。僕の故郷は、大規模農業政策によって小さな田んぼが統合されて、大量生産・大量収穫が主流になりました。今でも、こんな原風景のような景色が残っている場所もあるんですね」。
窓の外に広がる田んぼを見て、二村さんは故郷の景色に想いを馳せていたよう。
力強く生えた稲の様子を車窓から眺め、目を輝かせていた2人を迎えた田んぼには、米を育てるだけではない、さまざまな生き物の営みが広がっていた。
仁井田本家周辺の山間地域には、約7ヘクタールの自社田が広がっている。出穂を迎えた雄町が青々と揺れる田んぼには、雑草に光が届くのを防ぐため、20cmほど深く水を張り、除草剤を使わずに稲を育てる工夫が施されている。畝の手前を流れる土水路(マルチトープ)は、稲刈りの時期に田んぼから水が抜かれても、生き物たちが住み続けられるオアシスのような場所だ。水温が低い東北地方では、冷たい沢水を土水路に流して温める役割も果たしている。
「土水路は先人たちの知恵で生まれた水路です。昔は手水って呼ばれていて、伝統的な農法がこうして現代の自然再生のヒントにつながっているんです」と仁井田さん。米の選び方、田んぼの使い方についても、未来にとってポジティブかどうかを常に考えているという。

「雄町は江戸時代から続く原生種の酒米です。昔ながらの品種なので、水に強く農薬や化学肥料を用いないRO農法にも向いているお米です。私たちは雄町のほか、オーガニックな農法と相性がいい、神力や愛国、亀の尾といった在来・古来品種の酒米を育てています。
稲の収穫後には、籾殻と酒粕を一緒に堆肥として撒き、田んぼから生まれたものは田んぼへと還す。先祖代々守ってきた田んぼを、これから先も長く守り続けていきたい。余計なものは加えずに、より良い環境をつくっていくことが、未来へのバトンにつながっていくと思っています」(仁井田さん)


網を土水路に潜らせると、ヌマエビの仲間やヘビ、フタモンホシカメムシが次々と姿を現した。田んぼの周りでは、大きな翼を広げて白鷺が飛び交い昆虫を狙っている。この田んぼを起点に、さまざまな生き物たちが行き交う風景から、命の循環を感じることができた。
水が生まれるため池
雨でどっしりとぬかるんだ森の奥へと進むと小さなため池が現れた。ここには山から流れ込んだ水が集まり、湧水とともに水路を通じて田んぼへと運ばれていく。米づくりに欠かせない水を育むパイプのような役割を担っている大切な場所だ。

「ここは大好きな場所です。良い米を育てるために作った水場に、生き物が集まっていて、桶のループを作るのに必要な竹も生えていて。森、水、田んぼ、生き物のつながりを深く感じられるんです。仁井田本家の酒に映る景色がひとつに集約されたような場所です」と、ため池に目を向け、愛おしそうに語る仁井田さん。

生き物たちは、1年中水があるため池と、一時的に水が溜まる田んぼを行き来しながら、季節を越えて暮らしている。ここでは、準絶滅危惧種に選定されているトウキョウダルマガエルのいきいきとした姿を見ることができた。仁井田本家の敷地を歩くと、こうした貴重な生き物や植物に出会うことができることにも驚かされる。
水を育む森と、木桶の杉
ため池のすぐ裏手に広がるのは、雑木林。田んぼを囲うように、小高い山々と草木が繁る約50ヘクタールの自社林が広がっている。森の奥へと進んでいくと、雨に濡れた木々の間を心地よい風が抜け、深い緑の香りに包まれる。「とても気持ちのいい香りがする」と、木村さんも思わず深く呼吸をして、森の空気をゆっくりと味わっていた。
落ち葉が重なりふかふかとした足元では、森に降った雨が地層深くにじっくりと浸みこんでいき、地下からため池、そして田んぼへと清らかな水が送られていく。「創業以来、一度も水が枯れることなく米づくりを続けてこられたのも、この森があってこそ」という仁井田さんの言葉が、酒造りと森が切り離せない関係性であることを感じさせる。

さらに酒造りと森の関係性を深く感じさせるのは、この森で木桶の材となる杉が切り出されていること。酒造りに欠かせない木桶には、60年以上かけて年輪を重ねた、太くて節のない杉が使われている。毎年蔵人たちが一丸となり、10本の杉から3,600リットルサイズの大きな木桶を作りだしている。

薪や炭を使ったエネルギーの利用が少なくなった現代では、木の循環利用がなくなり、人による森の管理が失われていることも問題になっている昨今。仁井田本家では、戦後に普及したホーロー製タンクに代わって、手製の木桶で酒を醸し、杉を適切に間伐・植林しながら、木の循環利用に取り組んでいる。仁井田本家の酒づくり、米づくりはこの森を育てることから始まっていることを教えてくれた。
微生物と蔵人が醸す酒蔵
最後は「やまもり」が醸されている、酒蔵の中へ。


仁井田本家が目指すのは、ただ旨い酒を造ることではない。「この蔵をつくる、里山、水、米、微生物、人と一緒に酒造りをしていきたい」と仁井田さんが語るように、自然と人がいくつにも重ねてきた営みそのものだ。米を小さくなるまで磨き、速醸酛を用いて華やかな吟醸香を引き出す現代的な酒造りとは大きく異なる。ここでは、米は必要以上に磨かず、微生物の働きに委ねながらじっくりと酒を醸す、効率やトレンドとかけ離れた造りが大切にされている。商品名の「やまもり」には、「山を守り、水を守る」という想いに加え、「生き物が山盛り」「楽しいことが山盛り」という意味も込められているという。その名前のとおり、蔵の中では酒造りに向き合う時間や、技も楽しみのひとつとなっているようだ。


酒が搾り終わっても、未来への楽しみは続いていく。
仁井田さん「RO認証を取得するにあたって、細かく調査される項目もあり、勉強することも多くありました。でも、こうしてパタゴニアさんと一緒にタッグを組み、形にできたことを蔵人たちは誇りに思ってくれています。『やまもり』を通じて、業界の垣根を越えて蔵の名前や、活動について知っていただく機会も増えました。これから少しずつ、地球環境や気候変動について興味関心を持ってくれる人が増えていってほしい。自分たちの酒造りが、農業や周りの環境にも良い影響を広げていくことほど、うれしいことはないと思っています」
仕込み蔵へ足を運ぶと、ホーロータンクとともに8つの木桶が並んでいた。1年にひとつ、ホーロータンクを蔵人たちの手で作った木桶と入れ替えていくそうだ。やがてこの蔵のタンクすべてが木桶に変わる頃には、どんな未来が待っているのだろうか。そんな楽しみを胸に、RO認証2年目の酒造りが始まろうとしている。
里山から生まれた「やまもり」の味わい
「やまもり」を味わいながら、仁井田本家を訪問して感じたことを二村さんと木村さんに語ってもらった。

木村「前回、パタゴニアの木村純平さんを交えてRO認証について勉強してからの訪問だったので、RO認証につながる取り組みが、こうして実際の田んぼや森で行われているんだなと、落とし込むことができましたね」
二村「実際に来てみると、想像していたよりもずっと身近な場所だったというか。酒蔵ってもっと特別な場所かなと思っていたんですけど、どこか素朴で、いいところだなと思いました。
蔵元の仁井田さんをはじめ、蔵人の方たちもみなさん日々丁寧に暮らしていらっしゃるんだなと。そういった姿勢が酒造りにもつながっていて、一つひとつ、自然や伝統と対話しながらこの土地でじっくりと暮らしていらっしゃるというのが伝わってきました」
木村「私たちは普段ファッションの畑にいますが、今日、農業と食の現場を訪れてみて、やっぱりライフスタイルとして、食もファッションも全部つながっているんだなとも感じました。それぞれが別々にあってはいけないなというか。ファッションのジャンルでは素晴らしい活動をしていても、食に関しては全く興味ないとか、その逆もあると思います。カルチャーってどこかジャンルで分断されがちですよね。でも、今日お会いした酒蔵のみなさんって、自然と生きることを包括的に捉えていらっしゃるような印象でした」
二村「蔵元がかっこよかったです。あんな風になりたいなって思いますよね。社会や地球に対して、循環することを大切にしながら暮らしていると、自然とその人の生き方に合った情報や人が集まってくるし、日々選ぶものも変わっていくんだろうなって思いました」
木村「造り手に会えたことで、自分が買うものがどんな人たちによってどのように作られているのか?その人たちはどんな環境で働いているのか?といったことを知らないままでいいのかな、と気づかせてもらいました。ファッションでは、工程が多く全ての生産現場を見ることは難しいのが現状ですが、“見えない”ことが当たり前になりすぎていて。私たち自身も、生産の現場を“見ない”ことに慣れてしまっているんじゃないかなとも思いました。だからこそ今、トレーサビリティが求められていたりすることも、食とファッションどちらにおいても根っこの部分は同じなのかなと」

二村「食にもファッションにも認証があるけれど、認証だけでは分からない、どんな人が生産に携わっているかを知ることも大事ですよね」
木村「そういう意味でも、RO認証は生産背景だけではなく、労働環境や生産者にとって公平かどうかも認定の基準になっていますよね。そこは、ファッションでも取得する企業が多いB Corp認証にも通じるところがあるなと思います」
二村「パタゴニアが、ビジネスを通して地球を救いたいという考え方も、改めてすごいなと感じました。自然が循環するなかでものづくりをするという考え方で服だけでなく、食品も生まれているんだなと。こうした想いを持ったブランドの商品を、きちんと自分自身の選択肢のひとつとして選べるようになりたいと感じました。同時に、これからは、こうした想いや哲学を持ってものづくりをするブランドが、その価値に共感するコアなファンたちから支持されて、残っていくんだろうなと感じます」
木村「そのとおりですよね。『この酒蔵をこれからも続けてほしい』と思ったら、そのお酒を買って応援するという方法があるように、ファッションも見た目だけで選ぶのではなく、どんな背景がある商品なのかを考えて購入するようになりたいです。そのためにも、私たちスタイリストも情報を発信していかなくてはと思いました。
そしてそう考えると、パタゴニアが洋服だけでなく、こうして食や農業のことまでやっているのもすごく納得できます。世の中を良くしたいと思ったときに、洋服のことだけやっていても、全部がつながってこない。人が毎日選ぶ『何を食べるか』まで考えることで、もっと広い視野から地球が抱えている課題を見ているんだなと感じました」