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山口絵理子/代表取締役社長 兼チーフデザイナー
「途上国から世界に通用するブランドをつくる」をミッションとして、2006 年に株式会社マザーハウスを設立。バングラデシュをはじめとしたアジア 6 か国で、バッグ、アパレル、ジュエリーなどのファッションアイテムを開発・生産し、国内外に約 60 店舗の直営店を展開。立ち上げたすべてのブランドのものづくりにチーフデザイナーとしてたずさわっている。WWD ジャパン「NEXT LEADERS 2020」「EY アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー・ジャパン 2022」ほか受賞多数。テレビ番組「情熱大陸」「カンブリア宮殿」などに出演。著書に『裸でも生きる』『Third Way』がある。
「去年の作品より、今のほうが輝いているか」。マザーハウスが守り続けてきた哲学
__まずは、20周年おめでとうございます。これまで発行された書籍やインタビューを振り返っても、20年間ブレない山口さんの思いに驚かされます。改めて、守り続けている哲学を教えてください。
山口絵理子氏(以下、山口) この20年を振り返ると、東日本大震災、バングラデシュでのテロ事件、コロナ禍など、本当に各国で毎年何かしらのトラブルが起きるんですよ。平易な言葉ですけれども、それでも諦めなかった。他のハイブランドとの比較よりも『自分たちの去年の作品よりも、今のほうが輝いているか』を工場のみんなと話すことを大事にしてきました。
創業のバングラデシュで奇跡的に仲間に出会えただけでは終わらせず、このモデル自体が応用可能だということを証明したいという気持ちで、生産する国を4カ国、5カ国と展開してきました。
自ら現場に赴いて商品を作るという、ものづくりの透明性もそうですけど、その土地の文化との接触、そこで湧き上がる感動をフルに味わう、このプロセスが大好きです。それをお客様にもお伝えすることを大事にしてきました。
一貫した哲学を持ち続けてきた山口さんですが、一方でものすごい勢いでご自身をアップデートされてきたようにも思います。進化の中で、逆に手放してきたこともあるのでしょうか。
山口 そうですね。フランスでの展開を続けた方がよかったかなと振り返ったり、アメリカでもっとできることがあるのではと考えたり、販売の最前線に立つ中で、ものづくりと販売とのせめぎ合いというのは、いつもあります。
さらに、以前は頻繁に行っていた途上国への出張は、出産を機に月に1回にすると決めました。その月1回しかない出張をどこに回すのか、という現実的な悩みもあります。自分以外に代わりがきかないことや時間や制約の中で、手放さざるを得ないこともあって悩んだりもします。でも、だからこそ、訪れた先では、精度の高いアウトプットを必ず出すぞ!と思いながら向き合っていますね。


工場で働く人々の主体性を育む「問い」とは?
__先進国が途上国を「支援する」という社会構造や、ブランドと下請けという関係性のビジネスも、まだまだ通例かと思います。そんな中で、20年間に渡り、様々な国や文化の方々と一緒にものづくりをされてきた山口さんですが、どのように現場との関係性を深めていったのでしょうか。
山口 創業当時は、なんとも言えない距離感で、生産現場のみんなからしたら私の立場はバイヤーだけど、ものづくりについては、とても素人。とても頼りがない思いだけの25歳の私に対して、こいつの指示に従っていいものか…みたいな雰囲気があったんです。正直、最初は「チーム」とは言い難い状況でした。
それでも求心力になったのは、私が「良いものを作りたい」という純粋な思いを、誰よりも強く持っていたからです。あんまり言葉で言ったりはしませんでしたが、遅くまで残って作業をして、何度も何度もサンプルを作り直したり、そこに一切の妥協をしなかったんです。

__本人たち以上に途上国の可能性を信じて、真剣な姿をひたすらに見せ続けたことによって、次第に工場の人々の姿勢が変わっていったのですね。
実際、山口さんの強いリーダーシップで、みんながついてくるという感じなんでしょうか。
山口 いえ、どちらかというと現場のリーダーがリーダーであるべきというスタンスでやっています。
そこで大事にしているのが、指示ではなく「問いかけ」なんです。基本、私の中での回答は用意しないで、ひたすら「どうしたらいいかな」と聞いていくようにしています。
例えば、私たちのインド工場の責任者は、出会って2〜3年ほどは、父親の意見に従うシャイな感じの性格で、いつもお父さんの意見の5分後ぐらいに自分の意見をいう感じだったんです。私は心の中で、どうしてもっと主体性を持ってくれないのかなあ…なんて少し不満に思ってたんですけど。(笑)
彼に「私が出張で行くから、工場全体のビジョンというのをディスカッションしたいから考えてみて」といった問いを投げかけていくことによって、だんだん「自分が考えるんだ」という感情が芽生えてきて、今では自分から主体的に考え・行動するようになったんです。しかも、その内容が私が思ったことより結構半歩先に行ったことを考えるようになっていたりして!
__なるほど!「答えを用意しない」というのは簡単なようで、すごく難しいことだと思います。この山口さんのメソッドは、どのようにグループ全体に行き渡っているのでしょうか。
山口 商品を生産する中で、各工場との日々のやり取りは、どうしても業務連絡や作業依頼が中心になりがちです。それも必要ですが、それだけだと工場の現場は「下請け」の立場になってしまう。
だからこそ、私や現地で生産を支援するスタッフからは、工場のスタッフに対して「3〜4年後、どの土地で、どこまで内製化し、どのようなものづくりをしているのか」を、自分たち自身で考えてもらうようお願いしています。
そして、彼らからの提案をニュートラルに評価することも大事にしています。最終的な判断を日本側がするのではなく、工場から出てきた提案を本当に最後まで信じる、日本側だけで判断しないことが重要だと、いつも社内で伝えていますね。
ただ、それをすべて責任として現場の工場に押し付けるのではなくフォローアップするっていうのは、こまめに行っています。大きな夢を描くリーダーほど、責任と重圧を背負い、孤独になりやすいんです。今もバングラデシュで新工場の建設が進む中、私も工場長といつもLINEや電話でやり取りをしています。

「自分たちが想像していない景色を見せてあげたい」。グリーンファクトリーに込めた、創業者としての最後のプレゼント
__その新工場「グリーンファクトリー」は、どんなものになるのでしょうか。
山口 創業者としての、本当に大きな、もしかしたら最後かもしれないけれども、一番大きなプレゼントというような気持ちでやっています。いつもみんなを見ていると、自分たちが想像していない景色を見せてあげたいという気持ちが、湧き上がってきます。
これまでは自分たちのビジネスで精いっぱいで、国に貢献したいという気持ちは、実はそこまでなかったというのが本音でした。ただ、20周年に近づくにつれ「自分たちの事業で、この国にどういうふうに影響を及ぼせばいいだろうか」という視点が芽生えてきました。
例えば、バングラデシュは、国会議事堂が建築物として素晴らしくて、それを見るためだけにヨーロッパから建築マニアが訪れるほどなんです。
そう思うと、マザーハウスの工場ができた時に、「マザーハウスの工場を見るために観光客がバングラデシュを訪れる」といった、これまでになかった人の流れをつくれたら、働くみんなが誇りに思えるだけではなくて、国全体にも、とても良い影響を与えられる存在になるんじゃないか、と話しています。

「こうじゃなきゃいけない」という正解を持たずに、デザイナーとして工場がつくってくれたものに真摯に向き合うクリエイション
__20年間変わらずチーフデザイナーの肩書きで現場に立ち続ける山口さん。途上国に実際に赴き、現地の言葉を話し、工場内でサンプルを一緒に作り上げるという、ものづくりを続けていく大変さや面白さはなんでしょうか?
山口 素材開発をしていると、想定とまったく違う色に仕上がって「大きな投資して作ったのに、なんでこの色になっちゃったんだ!」なんてことは、しょっちゅう起こります。
実際に、私が過去に訪れたインドのフリアという村では、他の取引先から指示したクオリティではないという理由で不良在庫となり使い道のない生地が、山のように積み上がっていました。どれも美しいのに、誰にも選ばれることなく、そこに眠っていたんです。なんてもったいない!と思いましたね。
受け手であるデザイナーとして「こうじゃなきゃいけない」という正解を持って、NOと突き返してしまうのではなく、工場が作ってくれたものに対して、デザイナーとしてベストを尽くす。自分の柔軟性やクリエイティブな引き出しを広げる糧にしようと思って、デザインに向き合ってきました。
__第一号の商品となったジュートの素材は、山口さんにとって思い入れのある素材だと思います。20周年の今年、ジュートとポリエステルを組み合わせた新素材が発表されていますね。山口さんがこの素材の組み合わせを選んだ背景を教えてください。
山口 私は、途上国の斜陽産業を絶やしたくない、という使命感を持っています。
数年前に実際に現場へ足を運ぶと、創業当時に比べて、この20年で産業が小さくなっていたり、稼働率が低くなっていたりしました。このジュートを、もう一度勢いのある産業へと立て直したいな、という気持ちでした。そして、産業を絶えさせないことを最優先に考えたときに、ジュート単体では駄目だったっていう感覚が強くありました。

正直、今回の素材開発の最初のタイミングでは、やはり現場にはすごく抵抗があり、新しいものに対してのアレルギー反応もありました。
伝統工芸にはよく起こることですが、他業界のことは知らない、できない、やってみたことがないと、自分たちの中だけで完結してしまう。
なので私たちから、ナイロンやポリエステルというイノベーションを持ち込むという、現場にとってはある種の大きな挑戦をお願いしました。工場のみなさんがそれを見事に実現してくれたんです。
その結果、ワンシーズン終わったあと、来年に向けた会議の中で、現場から「じゃあ色違いやろうか」という声が出てきたとき、「ああ、やってよかった…」と内心とても安心しましたね。
この「まずはやってみる」というスタンスが、とてもマザーハウスらしいと思っていて。それが何か失敗の刻印になってしまうのではなく、挑戦の証しになっていけばいいなと思いながら、挑戦を続けています。

「最後はお客様が選ぶ」という距離感
__Shift Cでは、サステナブル・エシカルファッションにおいて「どう選ぶか」という視点を大切にしながら情報をお届けしています。20年にわたってものづくりを続けてこられた山口さんにとって、「良い選択」とは何でしょうか。
山口 良い選択とは「自分で選ぶこと」だと思います。
お店のスタッフも徹底してくれているのは、「最後はお客様が選ぶということ」だと思っています。そして、そこが一番、他のブランドさんとちょっと違うマザーハウスらしい距離感なんじゃないかな、とも思っています。
大きなブランドになればなるほど「これが正解のコーディネート。今これを持っておくと間違いないよ。」というアイコン的なものの提供が強くなりがちだと思います。
実は、バングラデシュの工場スタッフから「俺らのやり方が絶対いいよね、これが正解だよね」と自信過剰とも取れる発言が出ることもあるんです。そのたびに私は母のように懇々と「私たちのやり方は、マザーハウス流ではあるけれども、必ずしもこれが正解とは限らないよ。」と伝えています。
「絶対」というものは存在していなくて、我々は我々として、今のベストを尽くして、この商品を並べていますが、最後の選択は、お客様の主観です。だから、そのお客様の選択のために寄り添いながら接客はするけれども、選択の主導権をブランドが奪うことはしないようにと思っています。
こういったマザーハウスの良さを店頭でお伝えしながら、最終的にはお客様がちょっといつもと違う自分に出会えたり、クローゼットにすでにあるものと、少し違うものが選べたっていう、その挑戦にこそ光が当たっていることが「良い選択」なのではないでしょうか。

マザーハウス
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