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シューズ1足をつくる際のCO₂排出量だけでなく、そのシューズで何km走れるかまで含めて環境負荷を測る——。そんな独自の指標を掲げるのが、2022年に誕生したアウトドアブランド「NNormal(ノーマル)」だ。スペイン・マヨルカ島を拠点にするカンペールグループと、スペイン出身の世界的な山岳アスリートで環境保護活動家のキリアン・ジョルネ(Kilian Jornet)が共同で立ち上げた。ブランド設立にあたり、両者がまず取り組んだのは製品開発ではなく、ミッションやビジョン、バリューを定めることだった。「同じようなブランドをつくるなら意味がない」。その思想をものづくりに落とし込む中で重視したのが、製品寿命を延ばすこと。耐久性を環境価値として捉え、走行距離を分母にCO₂排出量を測り、さらに修理、リサイクルへと製品寿命を延ばす仕組みを模索している。
現在は20カ国以上で展開し、2026年の販売数量は約30万点を見込む。売上高は年率30〜40%で成長する一方、生産量が増えればCO₂排出量の総量も増える。何のためにビジネスをし、成長するのか。ノーマルのシト・ルイス・サラス(Sito Luis Salas)CEOに、ブランドの成り立ちからものづくり、事業成長と環境負荷のジレンマ、アウトドアビジネスと自然との関係までを聞いた。

CO₂を「1足」ではなく「走行距離」で測る理由

――「ノーマル」は耐久性をサステナビリティの中心に置いている。なぜリサイクル素材の利用などではなく、徹底的に耐久性にこだわったのか。
シト・ルイス・サラスCEO(以下、シト):今、多くの企業が「サステナブルでありたい」と言います。でも重要なのは、スローガンではなく、「どう実現するか」です。例えば、ペットボトルをリサイクルした素材を使えば、それだけでサステナブルな製品だと言えるのでしょうか。私たちはそうは考えていません。私たちが重視しているのは、製品を長く使えるようにすること。同じシューズをより長く使うことができれば、買い替える頻度を減らすことができる。だから耐久性は、環境負荷を考えるうえで非常に重要だと考えています。

――「ノーマル」では、シューズを1000km走ることができることを一つの目標にしている。
シト:私たちは製品の耐久性をテストし、どれくらいの距離を走れるのかを測定しています。シューズによって異なりますが、900〜1000km使えることを確認しています。そして1000km走った後も、そこで製品寿命を終わらせる必要はありません。アウトソールが摩耗しているのであれば、ソールを交換して、さらに使い続けられる可能性があります。そのためにヴィブラムとリソールの仕組みもつくっています。

――多くのスポーツブランドが「1足あたり」のCO₂排出量削減を目指す中、「ノーマル」は「1000kmあたり」で捉えている。
シト:製造時のCO₂排出量が少なくても、短期間しか使えなければ、必ずしも環境負荷が小さいとは言えません。そこで私たちは、製品のCO₂排出量だけでなく、何km使えるのかも測り、「1000kmあたり」で考えることにしました。今振り返れば当たり前の発想にも思えますが、当時、ランニング業界でこうした考え方をしているブランドは、私たちの知る限りありませんでした。
――パフォーマンスシューズでは「速さ」や「軽さ」といった性能が主な指標になっている。
シト:ランニングブランドはこれまで、いかに速く走れるか、いかに軽くできるかといったパフォーマンスを追求してきました。それはもちろん重要です。ただ、私たちはそこに「どれだけ長く使えるのか」という耐久性も加えたいと考えました。耐久性について業界全体が考えてこなかったのであれば、「CO₂/km」という発想がなかったのも自然なことかもしれません。今では他のブランドも耐久性について語り始めていますが、それはとても良いことだと思っています。業界にポジティブなプレッシャーが生まれるからです。
――CO₂排出量や耐久性について、数値を公開することも重視している。
シト:サステナビリティは語るだけでなく、測ることが重要です。実際の数値として把握しなければ、改善することもできません。私たちは製品のCO₂排出量と耐久性を測定し、サステナビリティーレポートで公開しています。重要なのは「私たちはサステナブルです」と言うことではありません。現状を測り、どこに課題があるのかを知り、次の製品で改善していくことです。
「耐久性だけでは売れない」 性能、デザインとの三つ巴
――耐久性を高めようとすると、重量やパフォーマンスとのトレードオフが生じるのでは。
シト:耐久性とパフォーマンスだけではなく、デザインも考えなくてはなりません。三つのバランスが重要です。
――そのバランスを追求する製品開発に、共同創業者のキリアン・ジョルネ氏はどのように関わっているのか。
シト:キリアンは製品開発に深く関わっています。彼はノルウェーの自宅に小さなワークショップを持ち、数人のチームとプロトタイプをつくっています。それを実際に履いて山を走り、改善点をフィードバックしてきます。アパレルも同様で、プロトタイプを実際の山で使い、開発チームに改善点を伝えます。

――ジョルネ氏の要求を実際の製品に落とし込むうえで、素材や技術の進化も重要になる。
シト:そうですね。現在は、パフォーマンスと耐久性を両立できる非常に優れた素材があります。例えばアウトソールにはヴィブラムの「メガグリップ」を使っています。グリップ力が高く、軽量で、耐久性もある。アッパーにも、軽量で高いパフォーマンスと耐久性を備えた素材を採用しています。ミッドソールでは、スーパークリティカルフォームのような新しい技術も活用しています。
――高性能で耐久性の高い素材を使えば、製造コストは上がる。
シト:そこが大きな課題です。良い素材は高価です。私たちの製品は競合ブランドと比べても原価が高く、その分、利益率にはプレッシャーがかかります。ただ、ビジネスである以上、会社にも製品を販売してくれる小売店にも利益が必要です。そこは無視できません。現在、私たちは品質や耐久性を優先するために、一般的な水準より低い利益率を受け入れています。ただ、ブランドが成長し、生産量が増えれば、スケールメリットによって改善できる部分もあると考えています。
――耐久性を高めることは、ビジネスモデルにも関わると。
シト:そうです。私たちはできるだけ長く使える、品質の高い製品をつくりたい。一方で、それを継続的なビジネスとして成立させなければなりません。品質や耐久性と、適正な利益をどう両立させるか。そこは、ブランドを成長させていくうえで重要な課題だと考えています。
「修理できる」パフォーマンスシューズ

――パフォーマンスシューズのアウトソールを修理可能にしたのは画期的だ。
シト:修理という考え方自体は、カンペールから来ています。カンペールは約50年にわたって靴の修理に取り組んできました。「ノーマル」でも、製品をできるだけ長く使ってもらうためには、修理が重要だと考えています。ただ、パフォーマンスシューズの修理は簡単ではありません。街で履く靴とは違い、修理したシューズで再び山を走ることになります。修理後もきちんと性能を発揮し、安全に使える状態でなければなりません。そこでヴィブラムとパートナー契約を結び、リソールの仕組みをつくりました。ヴィブラムには世界各地に修理職人のネットワークがあり、適切に修理できる職人をトレーニングし、優れた靴修理店に授与する公式ライセンス「ヴィブラム・プレミアム・コブラー(Vibram Premium Cobbler)」を認定しています(現在日本では2店舗のみだが、今後増えるように働きかけている)。
――パフォーマンスシューズの修理は怪我を誘発するおそれもあるので、難易度は高いと言われている。
シト:認定された職人が、まずシューズ全体の状態を確認しできることとできないことを判断します。例えばアウトソールは交換できても、アッパーなどほかの部分がひどく傷んでいて、シューズとして十分な性能を発揮できないのであれば、リソールはしません。重要なのは、単に修理することではなく、修理した後も再び山で使える状態にすることです。そのため、ヴィブラム、ノーマル、そして修理職人が連携して、適切な修理プロセスをつくっています。
――仕組みをつくるだけでなく、消費者に修理という選択肢を知ってもらう必要もある。
シト:そこが最初の課題です。そもそもパフォーマンスシューズを修理するという行為が、まだ一般的ではありません。だから私たちは、なぜ修理することが重要なのかを伝えるキャンペーンも行っています。できれば消費者には実際に修理店へ行き、自分のシューズのアウトソールが交換されるところを見てもらいたい。修理そのものを一つの体験にしたいと考えています。
――実際に修理サービスを利用する人はどれくらいいるのか。
シト:私たちの推計では5%程度ですが、増やしていきたい。修理に長く取り組んできたブランドでも、その割合は決して高くないので、5%は悪い数字ではないと考えています。今後は修理を選ぶ人が増えていくと考えています。そのためにも、製品を修理できるようにするだけではなく、修理することの意味を伝え、実際に修理できるネットワークを整えていく必要があります。
――修理できなくなったシューズについては?
シト:リサイクルは最も難しく、まだ解決できていません。欧州で、約1000足の使用済みシューズを回収・粉砕し、ゴムや繊維、金属などに分別して、テーブルなどの什器に再生する実証を行いました。ただ、回収から分別、再製品化まで複数の工場を経るため、物流も含めてコストが高く、スケールが難しいことから中止しました。
――現在は別の方法を試している?
シト:現在はスペインのパートナーと、使用済みシューズを粉砕しその素材からマッサージボールをつくる新しい方法を検証しています。以前との大きな違いは、使用済みシューズを受け取った事業者が、リサイクルから新しい製品の製造までを担う点です。工程をシンプルにすることで、よりスケールしやすくなると考えています。ただ、これは最終的な解決策ではありません。世界中で販売したシューズをスペインへ送り返すことは現実的ではないからです。将来的には、ガラスやプラスチックのように、それぞれの地域で使用済みシューズを回収し、再資源化できる仕組みが必要だと考えています。
成長すれば、CO₂排出量も増える

――ブランドが成長し、販売数量が増えれば、CO₂排出量の総量も増える。この矛盾をどう考えているか。
シト:そこは、私たちのビジネスが抱えるネガティブな側面です。だからこそ私たちは、製品1点あたりのCO₂排出量を測定し、それをできる限り減らしていくことに取り組んでいます。例えば航空輸送は船や鉄道による輸送に比べてCO₂排出量が大きいため、できるだけ使わないようにしています。また、製品の素材もCO₂排出量を測り、負荷の大きい素材があれば、別の素材へ切り替えています。そうした改善を一つずつ積み重ねています。私たちが会社を成長させたい理由は、単により多くの製品を売りたいからではありません。私たちは企業が社会にポジティブなものをもたらす存在であるべきだと考えています。良いビジネスをつくれば、良い仕事や雇用を生み出すことができる。そして会社が成長すれば、自然に還元できるものも大きくしていくことができます。
――その一つが、「1% for the Planet」を通じて山岳環境の保全と気候変動対策を目的とするキリアン・ジョルネ財団への還元だ。
シト:「ノーマル」では売り上げの1%をキリアン・ジョルネ財団に提供し「Restore the Trails」に取り組んでいます。私たちがトレイルランニングを楽しめるのは、地域の人たちが登山道を維持しているからです。例えば日本でも、常陸国ロングトレイルの整備プロジェクトをサポートしました。財団では、そうした地域のコミュニティーを見つけ、資金や製品を提供することで、登山道を守る活動を支援しています。
――一方、アウトドア人口が増えること自体が、自然環境への負荷になる可能性もある。
シト:もちろんです。多くの人が山へ行くことは素晴らしいことですが、適切に管理されなければ自然を傷つけることにもなります。決められたトレイルを利用することが重要で、トレイルを外れて歩いたり走ったりすれば、植物や動物に影響を与える可能性があります。利用者が多い場所では、地域の行政などと連携して、ルールや利用方法を考える必要もあります。自然は、私たちが楽しむ場所であると同時に、私たちのビジネスが成り立つフィールドでもあります。それを壊してしまえば、私たちのビジネスも成り立ちません。
「同じブランドをつくるなら意味がない」

――そもそも「ノーマル」は、カンペールグループとキリアン・ジョルネという異なるバックグラウンドを持つ二者によって設立された。カンペールがアウトドアブランドを立ち上げようと考えたきっかけは?
シト:「ノーマル」は、カンペールとキリアン、それぞれのストーリーが交わって生まれました。パンデミック後、多くの人が自然の中で過ごす時間を増やし、アウトドア市場にビジネスとしての可能性を感じました。同時に、私自身は長年トレイルランニングをしていますし、カンペールのオーナーであるミゲル・フルーシャもスキーを楽しむなど、私たち自身の情熱もあった。そこに、フルーシャ家が代々受け継いできた起業家精神が重なりました。フルーシャ家はマヨルカ島の靴工場を起点に、第2世代が「ロトゥッセ」、第3世代のロレンソ・フルーシャがカンペールを創業しました。世代ごとに靴を軸とした新しい事業を生み出してきた。その精神が「ノーマル」にもつながっています。
――一方、ジョルネ氏にも新しいブランドを立ち上げたい理由があった。
シト:キリアンは長年、トップアスリートとして多くのパフォーマンスシューズを使ってきました。その中で、短期間使っては次のシューズに替えていくようなあり方に疑問を感じていました。高いパフォーマンスを発揮するだけでなく、耐久性があり、できるだけ長く使える製品をつくりたいという思いがありました。
――そうしたキリアンさんの問題意識と、カンペールの靴づくりの知見が結びついた。
シト:はい。キリアンと出会ってまず感じたのは、私たちは非常に補完的な関係だということでした。キリアンにはアウトドア業界で培ってきた信頼と、トレイルランニングや登山に必要なフットウエアやアパレルについての豊富な知識と経験があります。一方、カンペールには長年の靴づくりの知見に加えて、グローバルにビジネスを展開してきた経験があります。新しいブランドを立ち上げるための技術や資金、グローバルなサプライチェーンも持っています。パートナーシップは、同じ強みを持つ者同士では難しく、お互いが異なることが重要だと思います。異なる強みを持っているからこそ、互いに補い合うことができます。
――両者で新しいブランドをつくるにあたり、目指したものは。
シト:すでに多くのブランドがある中で、他と同じことをするのであれば、新しいブランドをつくる意味はありません。私たちは、企業は良いビジネスや雇用を生み出し、成長した分を自然にも還元するなど、社会にポジティブなものをもたらす存在であるべきだと考えています。キリアンと私たちは、そうした企業のあり方について考えが非常に近く、パタゴニアからも大きなインスピレーションを受けています。
製品より先に決めた、会社の存在意義

――そこで、製品開発より先に会社の存在意義を定めた。
シト:はい。まず「この会社は何のために存在するのか」を明確にしようと、2021年にキリアンとミッション、ビジョン、バリューを定めました。ミッションは「人々が自然を楽しみ、尊重することを後押しする」こと。長期的には世界のアウトドアブランドのトップ5に入ることを掲げ、4つのバリューとして「Authenticity(真正性)」「No Normal(普通じゃない)」「Usefulness(有用性)」「Commitment(責任・コミットメント)」を定めました。
――それぞれどのような意味があるのか。
シト:「Authenticity」は、キリアンのアウトドアでの経験と、約150年にわたるフルーシャ家の靴づくりの知見に根差した真正性。「No Normal」は、既存とは異なるポジティブなものを生み出すこと。「Usefulness」は、本当に必要なものだけをつくること。そして「Commitment」は、社会と自然に対する責任です。その実践の一つが「1% for the Planet」への参加です。
――「Usefulness」は、実際の商品づくりにどのように反映しているか。
シト:私たちは、本当に必要だと思う製品だけを市場に出します。そのため、コレクションはかなり絞り込んでいて、例えばトレイルランニングシューズは現在3モデルを用意していますが、この3モデルがあれば、さまざまな地形やランナーのニーズをカバーできると考えています。多くの新製品を投入し、一つの用途のために数多くの製品をつくるファッションブランドとは、考え方が違います。必要のないものはつくらない。それが私たちにとっての「Usefulness」です。
――新製品を次々と投入しないという考え方は、製品の更新サイクルにも表れている。
シト:製品は通常2〜3年継続して販売し、中には4年間続くモデルもあります。毎シーズン変更すれば、旧製品が在庫として残り、値引き販売につながります。だから、少しの変更で新製品とはせず、素材や形状などに明確な進化があるときだけアップデートします。一方で、消費者は新しさを求めるので、イノベーションとのバランスは必要です。